Akiyoshidai Underwater Cave System Exploration Project
秋吉台とは、山口県美祢市の中部・東部に広がる、日本最大のカルスト台地です。石灰岩の分布面積は約93 km²におよび、その規模は国内では他に類をみません。
秋吉台には400を超える鍾乳洞が確認されており、日本三大鍾乳洞で特別天然記念物の「秋芳洞」も所在しています。
秋吉台は東川によって東台と西台の二つの台地に区分されます。東台(狭義の秋吉台)は、1955年に国定公園(秋吉台国定公園)に指定され、1964年には特別天然記念物となりました。また、個々の洞窟も天然記念物として登録されるなど、その維持管理には細心の注意が払われています。
秋吉台を構成する石灰岩は約3億4,000万年前に形成が始まり、その後、数百万前に地表へと隆起したと考えられています。
この石灰岩層が長い年月をかけて水による溶食を受けることで地下水系が形成され、現在では網の目のように地底に広がる複雑な地下水路が形成されていると考えられています。
秋吉台の地下水系は古くは1950年代から研究され、特に1980年代には多くの調査・研究がなされました。
これらの中には実際の潜水を伴う調査も含まれていましたが、当時のケーブダイビング技術や測量手法の制約により、水中の詳細な測量や体系的な調査、水中環境に対しての研究が十分に行われたとは言い切れません。
※ 秋芳洞の入り口付近
東台、とりわけ秋芳洞に関する水中調査は比較的よく進んでいます。
東台の地下水系は、北部の「鹿ノ井手水系」と南部の「秋芳洞水系」の二つに大別され、それぞれの集水域は1,200ヘクタールと1,400ヘクタールと推定されています。1)
秋芳洞では陸地・水中ともに断続的に調査が行われており、その総延長は陸上部と水没部を合わせて2017年12月時点で10,700メートルに達しています。2)
このうち約30%は水没区間であり、潜水によって新たな支洞を探索する余地も残されています。
しかしながら、
以上の点を踏まえ、本プロジェクトでは、調査事例の比較的少ない西台地下水系から着手する方針としました。
1)環境省自然環境局野生生物課, 秋吉台地下水系, 2023年3月, 2p.
2)秋吉台科学博物館, 秋芳洞調査最前線, 2017, https://karusuto.com/wp-content/uploads/2017/12/event_20171212.pdf
西台は東台と比べて地底湖の数が少なく、地下水系に関するこれまでの研究も限定的です。
一部の水中は過去に潜水された記録が確認できますが、私が調査した限りでは、水中の測量や具体的な水中実地での研究は見当たりません。
西台の地下水系は、
の3つに大別されます。
このうち於福別府台水文区には西台で最大の地底湖を持つ「寺山の穴」が存在します。本プロジェクトでは、まずこの「寺山の穴」を起点として潜水調査を開始する可能性を検討しました。
「寺山の穴」周辺の地下水は、西から東へと排水されているとされ3)、この仮説が正しければ、「寺山の穴」は下流側の「白水の池」に水中で連結している可能性があると考えられます。
特に両地点の地下水位はいずれも約90メートルでほぼ同一とされ、さらに年間を通じて降雨による地下水位の変動が少ないと計測されています。3)これらの条件から、比較的大規模な地下水路で接続している可能性があり、人間が通過できる空間があることも想定し得ます。
既往研究では、この区間について「この区間には下流の瀬戸ポリエ下に埋没しているV字谷(田中・藤井、1975、藤井、1980)が示す厚東川のかつての激しい浸食作用が及んでおり、洞窟はかなりの下方拡大を行っている。しかし、現在では沖積層の堆積に伴う地下水位の上昇のためにこの下層部は水没し、直接観察することができない。」3)と述べられていますが、潜水調査を行うことで、これまで間接的に推測されてきた地下構造を直接観察できる可能性があります。
3)藤井 厚志, 西秋吉台の石灰洞, 山口ケイビング・クラブ 発足20周年記念・特集号, 1985年11月, p.24-25
※ 白水の池
※ 寺山の穴の洞窟内の地図
※ 寺山の穴の第三支洞の地底湖(後藤聡氏撮影)
我々は本格的な調査に先立ち、2026年2月中旬から下旬にかけて、「寺山の穴」における予備調査を計画しました。
本計画は、美祢市立秋吉台科学博物館、地権者、美祢市化財保護課など関係各所の方々と連絡・連携を取りつつ、DIVE ExplorersおよびJKUEP(Japan Karst & Underwater Exploration Project)を主宰する伊左治が主導するもので、いつもチームメンバーとして参加していただく清水淳氏や他の方々とも協働して行うものです。
「寺山の穴」は文化財であり、かつ潜水を伴う調査が想定されるため、美祢市内部での検討を経て、実施の見通しを得ることができました。
寺山の穴の地底湖に到達するには、第一支洞から第二支洞を経由して第三支洞奥部へ進む必要があります。
しかし、第二支洞には高低差や狭隘部が存在し、過去の記録ではほふく前進を要する区間も報告されています。
そのため、本プロジェクトにおける本格的な調査時には、可能であれば第二支洞を経由せずに地底湖に到達したいと考えました。
図面上では、第一支洞から水没部を介して第三支洞に接続している可能性が示唆されており、さらに水中から直接地底湖側へ抜けられる可能性も考えられます。
したがってこの確認結果は、今後の調査計画全体に大きな影響を与えるため、今回の予備調査ではその検証までを目的範囲としました。
なお、第四支洞にも水面が存在することが確認されています。
SRT(Single Rope Technique、一本のロープを用いた垂直昇降技術)が必要となりますが、計画の進捗次第では、SRT技術を有するメンバーによって第四支洞の水面確認も実施する予定です。
また、本予備調査にあたっては、大学探検部や寺山の穴に入洞経験のあるドライケイバ―の方々の陸上サポートの中で実施する予定です。
先に述べた通り、寺山の穴を含む秋吉台の洞窟は一定程度の探検・調査がなされています。
本プロジェクトを開始するにあたり、「どこまでが既に調査されているのか」「どのような方法で調査が行われてきたのか」を把握することは、今後の調査計画や成果物の報告を計画を作成するうえで不可欠であると同時に、安全管理の観点からも極めて重要であると考えました。
そのため、過去に寺山の穴を含む秋吉台の洞窟で潜水を伴う探検・調査を行ってこられた藤井厚志氏をご紹介いただき、直接お話を伺う機会を得ました。
藤井氏からは、過去にご自身が探検・測量された地図資料などをご提供いただきました。
私がこれらの貴重な資料を拝見する中で、先人の探検と研究を引き継いでいくことへの喜びとともに、私たち自身も後世に残すことのできる具体的かつ価値の高い資料を作成していく必要性を改めて実感しました。
提供いただいた地図資料を踏まえると、当初の想定通り、寺山の穴の第一支洞から水没部を介して第三支洞へと接続していることが示されています。
また、これも事前の仮説と一致する形で、第一支洞側から第三支洞の地底湖へと抜けられる通路が存在する可能性も示唆されていました。
これらの情報を踏まえ、2026年2月に実施する予備調査では、想定していた経路を実際に確認・確保するとともに、将来の本格調査に向けて、第一支洞側から第三支洞の地底湖へ到達可能かどうかを検証することを目的として少し変更を加えました。
藤井氏とのやり取りや資料を拝見する中で、私自身が特に興味深いと感じたのは、ケイバー(陸上洞窟)とケーブダイバー(洞窟潜水)による洞窟の水中の捉え方の違いでした。
藤井氏は、陸上洞窟探検をバックグラウンドとするケイバーであり、その延長としてケーブダイビングを行ってこられました。一方で、私(伊左治佳孝)は、洞窟潜水を主軸とするケーブダイバーとして活動しており、その中での必要性から陸上のケイビングにも取り組んでいます。
秋吉台の水中部は、これまで藤井氏を含む、ケイバーとしてのバックグラウンドを強く持つ探検者によって開拓されてきたと理解しています。そのため、既存の資料からは、「水没部を越えて陸上部へ到達する」「陸上での連続性を明らかにする」という意図が色濃く感じられます。結果として、浅部や陸上部との接続が明確になっている区間は多く存在します。
一方で、ケーブダイバーの視点では、「水中で広範囲を捜索する」「水中同士の連続性を明らかにする」という志向が強くなります。この視点の違いにより、水中のより深い部分や、陸上から離れていく方向については、これまで十分に探査されないまま残されているように見受けられました。
ただしこの差異は、過去に探検が行われた時期を踏まえると、潜水可能時間が現在よりも大幅に限られることが影響する部分も大いにあるとは思われます。
いずれにせよ本プロジェクトでは、これまでの成果を尊重しつつ、こうした視点の違いを活かすことで、秋吉台地下水系の新たな側面を明らかにしていきたいと考えています。
予定通り調査初日を迎え、私(伊左治佳孝)、水中カメラマンの清水淳氏、ならびに陸上でのサポートを担当いただくケイバーの後藤聡氏、村田花音氏、菊山翔平氏、北川政宗氏、さらに報道関係者の方々とともに現地へ入りました。
同行したケイバーのうち数名は寺山の穴への入洞経験がありましたが、私は今回が初めての入洞であったため、まず内部構造や環境、既存のマップに示された地底湖の位置関係などを実地で確認することとしました。
駐車位置から山道を登り約100~150メートル進むと大きな洞口が現れ、そこから洞口付近の斜面を降りることで広大なホールに到達します。
このホールは非常に大規模であり、秋吉台の母岩である秋吉石灰岩層の厚さを実感させる空間でした。私がこれまで多く潜水してきた南西諸島(沖縄本島など)の琉球層群は層厚40~100メートル程度とされますが、秋吉台の石灰岩層は1,000メートル級とも言われており、その違いは地下空間のスケールにも顕著に表れていると感じられました。
ホールを通過し、潜水を予定していた地底湖(プールA)を確認したところ、季節的要因によるものと想像される大幅な水位低下が見られ、水面まで約5メートルの高低差が生じていました。
このため、ロープ昇降を用いずに水面へアクセスすることは困難であることが判明しました。
※ 寺山の穴に向かう斜面
※ 寺山の穴の洞口
※ 寺山の穴の地底湖(プールB)の水面
この状況を踏まえ、初日は予定を変更し、比較的アクセスが容易なプールBから潜水を実施し、プールA~プールD間に対してプールB側からアクセス可能かを確認することとしました。
こプールBは40年前の地図上ではプールA~プールD間に接続していないとされているもののの、ここから進入できる場合、今後の調査効率が大きく向上することが期待され、確かめる価値はあると考えました。
プールBでは明確な流れは感じられなかったものの、水底には砂利が堆積しており、過去に流水環境であったことを示唆する地形的特徴が観察されました。
また、底質の粒径は比較的粗く、準備中に巻き上げた堆積物による濁りも短時間で収束しました。
潜水準備中に測定した水温は12℃であり、事前に想定していた水温(約17℃)を大きく下回っていました。
今回は初回調査であり、陸上移動時の機動性を重視した装備であったため、バディの清水氏と協議のうえ、潜水時間を制限する方針で潜水を開始しました。
潜水開始直後、水面付近の透視度は約4~5メートルでしたが、水深を増すにつれて底質はシルト質へと変化し、視界は30~50センチメートル程度まで低下しました。
水深約13メートルまで進行したものの、通路は徐々に狭窄し行き止まりとなりました。
この水深は1986年の潜水調査時に記録された最大到達水深と一致しており、遠い昔には通路が存在した可能性はあるものの、現在では堆積物により閉塞していると判断し、無理な進行は行わず帰還しました。
前日の結果を踏まえ、ケイビングロープおよび防寒用ヒートベストを持ち込み、2日目の調査を実施しました。
後藤氏ならびに他のケイバーの方々により、平坦部から地底湖水面までのロープルートが構築され、昇降作業についても全面的な支援をいただきました。
※ 地底湖(プールA)の水面(後藤聡氏撮影)
また、潜水前に、当日現地にお越しいただいていた記者の方から、「奈良時代には、秋吉台の洞窟内(長登銅山)から奈良の大仏の銅を採掘していた。その総量は500トンにおよぶ。」という情報を頂きました。
現在では陸上部分の銅は取りつくしてしまっているとのことでしたが、逆に言うと水中では銅が残っている可能性もあります。
やはり実際に調査を開始すると色々な情報を頂けるもので、今後の調査によって様々なことが明らかになることが楽しみに思えました。
実際の潜水にあたっては、上部からタンクや潜水器材を水面へ降下させ、水面上で装着を行う手順としました。
地底湖到達後、器材の昇降、装着、プレダイブチェック等を含めると、潜水開始までに約40分を要しました。撤収時にも同程度の時間が必要となることを考慮すると、潜水前後を含めて長時間にわたり低水温環境下に曝露されることとなります。
探検潜水においては、潜水時間のみならず準備および撤収工程も含めた総合的な耐寒対策が不可欠であることを改めて意識するとともに、もしヒートベストを昨日から追加していなかったら潜水できていなかっただろうと考えました。
潜水を開始すると、流水の影響を受けた洞窟(flow cave)に特有の内壁がなめらかな通路が連続していて、オープンウォーターエリア(直接水面まで浮上できる位置)からひいていくラインを結ぶ場所がほとんどありません。 また、さらに通路の上下方向の変化が激しく、かつ通路の上下がクラック上に細くなっている場所もあり、ラインを結び付けずに進むとそのような場所にラインが入り込み、ライン近辺を人間が通過できなってしまう恐れもあるため、ルートの選定には非常に注意が必要でした。
※ 地底湖の水面付近(清水淳氏撮影)
※ 水中の管状通路(清水淳氏撮影)
※ 垂直に落下する通路。側面にはスカラップが観察される。(清水淳氏撮影)
ラインを結ぶポイントに難渋しながらも、水中では以下のような観察ができました。
水中で、40年前に作成されたマップにおける水中の西端に到達しましたが、マップに記載にあったそこから北に向かう通路を確認できなかったため、初期目標である第三支洞地底湖への接続を念頭に、西端から南方向へ進路を取りました。
南に進むと、水深15メートルから30メートル超へと垂直に通路が落ち込みました。
15メートル付近の横通路は鍵穴型通路(Keyhole passage)であったような気もしますが、判然としません。
この下降部の壁面には上述した縞状の地層が観察されたほか、ヨコエビ類の生息が確認できました。
内間隙水に生息する既知種とは異なる可能性もあり、今後、美祢市等と協議のうえ採集を検討する予定です。
底部からは、やや下降しながら横方向へと続く管状通路が確認されましたが、進行可能であることを確認した時点でNDLが約2分となったため、それ以上の進行は行わず帰還を開始しました。
今回の調査では、多くの環境条件が事前の想定と異なっていることが明らかとなりました。
しかしながら、こうした差異を把握することこそが予備調査の主目的であり、その観点から極めて有意義な初期調査であったと評価しています。
次回の調査では、長時間の潜水を前提とした防寒装備に加え、平滑な壁面へのライン固定を可能とする器材や、迷路状構造の客観的把握を可能とするために測量機器等の導入を検討しています。
さらに、必要に応じて生物学的・地質学的調査を目的とした研究機材の持ち込みも視野に入れ、10日から2週間程度の集中的な調査期間の設定を検討しています。
最後に、本調査は、ケイバーの方々による陸上支援があって初めて実現したものです。
サポートをいただいたケイバーの皆様、バディとして潜水を共にした清水淳氏、ならびに調査にご協力いただいた地権者の方々、美祢市立秋吉台科学博物館、美祢市関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。
関連の報道(2026年2月13日~14日の寺山の穴 予備調査について)
秋吉台は日本を代表するカルスト地域であり、60年以上にわたり水中調査がなされてきました。
先人たちの研究と探査の積み重ねを引き継ぎつつ、最新の潜水技術と調査手法によって全体像の解明に挑めることは、大きな意義と責任を伴う挑戦だと考えています。
また、秋吉台は多くの学術研究の舞台でもあり、その地下水系の解明・研究に寄与することは、水中探検家としての本懐でもあります。
2026年2月の予備調査の成果を踏まえ、今後は段階的に調査範囲を拡大し、秋吉台地下水系の全容解明に向けて取り組みます。
得られた成果物やデータは、美祢市立秋吉台科学博物館や日本洞窟学会での発表とともに、秋吉台に関わる研究者の方々と共有することで引き続く調査・研究に寄与していく予定です。
また、私個人としても日本洞窟学会の『ケイビングジャーナル』等にへの寄稿などを通じて活動内容や成果を報告し、将来の追加調査や研究の深化に役立てていく所存です。これらの取り組みが、本プロジェクトにご協力いただいた方々への一つの恩返しになると考えています。
※ 所属は更新されていない場合があります。
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