宮古島 史跡・文化財洞窟 調査プロジェクト

Miyako Island Cultural Property Cave & Underground Lake Research

城辺町の友利のあま井(ともりのあまがー)の水面

宮古島とは?

宮古島は、沖縄本島から南西へ約300kmに位置する沖縄県の島で、面積は約158.5km²、人口は約55,000人です。
島全体は隆起サンゴ礁由来の石灰岩によって形成されており、この地質的特徴が、宮古島特有の多様な洞窟環境を生み出しています。

石灰岩は雨水や地下水による溶食を受けやすく、長い時間をかけて鍾乳洞を形成します。さらに海岸部では海水による溶食によって洞窟が形成されるため、宮古島には陸上・水中を問わず数多くの洞窟が存在します。陸上洞窟の一部は観光地として知られ、多くの水中洞窟はダイビングポイントとして国内外から注目を集めています。

本プロジェクトでは、これらの洞窟の中でも、陸上洞窟の奥部に位置する「地底湖」に着目し、その水中環境の調査を行うこととしました。

宮古島の地質構造と地下水環境

宮古島の地質構造は、大きく以下の三層から構成されています。

  • 最上部:大野越粘土層:
    粘土質の赤土層
  • 中間部:琉球層群(琉球石灰岩)
    隆起サンゴ礁に由来し、透水性が高い地層
  • 最底部:島尻層
    深海に堆積した土砂に由来する、泥岩・砂岩・シルト岩などからなる地層

透水性の高い琉球石灰岩が、不透水層である島尻層の上に重なっているため、その境界付近には地下水が集積しやすく、地下河川や地底湖が形成されると考えられています。

これらの地層は一様に水平に分布しているわけではなく、琉球石灰岩が地表に露出する場所や、層厚が大きく変化する場所も存在します。
また、宮古島には北北西―南南東方向に断層が発達しており、断層に沿って地下水が流動することで、洞窟奥部に湧水や地底湖として地下水が現れていると推測されます。

このような地質・地下水条件を活かし、宮古島には世界初の地下ダムが建設されており、島の水資源管理の基盤となっています。

なお、本調査にあたり参照した地質および地下水に関する文献については、稿末に記します。

宮古島インギャーマリンガーデン

※ 宮古島インギャーマリンガーデン

福里地下ダム。地下河川をせき止めている。

※ 福里地下ダム

宮古島の海とつながる陸地の通り池

※ 通り池。水中で海とつながる。

調査実施の背景

宮古島および隣接する下地島・伊良部島には、多数の陸上洞窟および水中洞窟が存在することが広く知られています。
レジャーダイビングの分野においても「洞窟ダイビングといえば宮古島」と称されるほどで、「魔王の宮殿」や「通り池」などは代表的なダイビングポイントとして国内外から多くのダイバーが訪れます。

一方で、陸上洞窟の奥部に存在する地底湖は、かつて生活用水として利用されていた歴史を持つ場所も多く、洞窟内部には人々の暮らしの痕跡が残されています。このため、これらの洞窟や地底湖の多くは文化財・史跡として指定され、原則として潜水調査が行われていません。

そのような状況の中、私が他地域での洞窟調査をご一緒していた藤田喜久教授(沖縄県立芸術大学)より、過去に自身が調査した宮古島の地底湖について、潜水技術上の制約から到達できなかった水中奥部を調査したいとの相談を受けました。

高度な潜水技術を必要とする未踏域の調査は、水中探検家としてまさに取り組むべき課題であり、藤田教授と協議のうえ、本調査を実施することとしました。

その際のお話では、「次年度以降に研究費が獲得出来たら」という趣旨でしたが、その点や日本で広く行われている研究に関して、藤田氏と私とに共通の課題感がありました。

史跡・ヌドクビアブ

※ 伊良部島の「ヌドクビアブ」。戦時中に日本軍が中で過ごした跡が残されている。

基礎研究を取り巻く課題

本調査の検討過程において、従来の研究手法に大きく二つの課題があることを意識することになりました。

1. 研究成果が研究者の野外調査能力に依存する点

研究者は調査地から得られた情報の学術的意義を評価・研究することに長けていますが、水中洞窟のような環境では高度な潜水技術と安全管理が不可欠であり、潜水可能な研究者の数や調査範囲は大きく制限されます。

一方で、水中探検家は高い潜水技術と調査遂行能力を有していますが、得られた情報の学術的意義を自ら評価・発信することには限界があります。

したがって、研究者と水中探検家が協働することで、両者の強みを活かした新たな研究成果が得られる可能性があると考えました。

2.研究費の制度に起因する、初動段階の制約

一般的に、国内の研究者の多くは、大学等の所属機関から配分される研究費と、外部研究費(科研費や民官等の研究助成金)によって研究を実施してきました。
所属機関から配分される研究費はさほど多くなく、外部研究費についてはその採択率が低く、また、申請から結果がでるまで長い期間を要します。
不採択になった場合には再申請を繰り返す必要があり、研究者の人的リソースが浪費されるという指摘もあります。

特に生物相調査では、現地でどのような生物が見つかるか分からないため、複数分野の分類学者による共同調査が理想と考えられますが、予算や人員の制約からそのようなフィールドワークは実施されにくいのが現状です。

研究費用をクラウドファンディングで捻出

課題解決に向けた新たな枠組み

これら二つの課題は、「初期段階で十分な調査を行うための柔軟な予算を確保できない」点に集約されます。
そこで本プロジェクトでは、初動調査を効率的に実施し、研究価値を可視化した上で、次段階の研究資金につなげる新たな枠組みを模索しました。

具体的には、調査を支援していただける一般参加者や企業に対し、

  • 通常は撮影不可能な水中洞窟内部の記録映像・写真
  • 新種生物発見時の献名

などを提示し、クラウドファンディングや小口スポンサーによる資金調達を検討しています。
この仕組みが機能すれば、これまで予算上の理由で調査できなかった場所へも展開可能となり、研究成果の加速が期待されます。

調査対象地(2026年3月)

2026年3月の調査では、以下の3つの洞窟を対象とすることとしました。
ただし、宮古島にはその他にも多くの湧水や地底湖があり、今後はその対象を広げていくことを念頭に置いています。

  • 金志川泉(きんすうきゃーがー)
    宮古島市 市指定史跡
  • 城辺町の友利のあま井(ともりのあまがー)
    沖縄県指定 有形民俗文化財
  • ピキャズ

これらの洞窟の地底湖はいずれもアンキアライン環境※1)と推察され、未記載の生物(新種の生物)および特殊な生物の発見が期待されます。

※1) アンキアライン環境とは、海岸から内陸にありながら、地下で海とつながっており、海水と淡水が混合・層分化する特殊な地下水域のことをいう。

金志川泉の入り口と碑 金志川泉の洞口 友利のあま井の入り口と碑

金志川泉の水中からは既に土器や人間のものと思われる骨が見つかっており、未調査の洞窟奥からはさらなる考古学的発見や生物学的発見がなされる期待も持たれます。

ピキャズは海と貫通したドリーネであり、2016年10月発行の佐世保工業高等専門学校研究報告 第53号において、水面から約20m、水深約11m地点まで洞窟の奥部まで進入でき、奥からの水流も確認できたものの、シルトの堆積によりそこで調査を打ち切った旨が記されています。

今回はその奥部に到達可能か確認するとともに、その到達可否によらず、塩分濃度が薄いと考えられる奥からの水流と、塩分濃度の濃い海水が混ざりあう地点を重点的に生物調査しようと考えています。

宮古島の陥没ドリーネ、ピキャズの水面付近

※ ピキャズの水面付近

実施時期と調査内容

藤田氏および私が主宰するJKUEP(Japan Karst & Underwater Exploration Project)の探検のメンバーと協議し、調査の実施時期は2026年の3月4日~9日と定めました。

今回の調査にあたっては、先に述べた課題を解消するため、陸地洞窟の測量ができる林田敦氏、水中および陸上の撮影ができるカメラマンの内田雄大氏、また考古学研究者の方などに参加いただくこととなりました。

彼ら二人は私のテクニカルダイビングの生徒でもあり、それを越えてこのように活動できることを嬉しく思います。

以下に記載するように実施内容を定めましたが、その中でも水中洞窟の測量と3Dマッピングは学術研究における基盤資料であるにも関わらず日本国内ではその技術を持つ専門家が少なく、今回の調査で得られるデータは今後の研究を行う上で大きく寄与すると考えます。

  • 実施内容:
    • 洞窟の水中の全体構造の把握
    • 洞窟内部の測量(陸地部分、水中部分)および3Dマッピング
    • 洞窟内の新種(未記載種)の生物の採取と生態研究
    • 作成した水中地図を活用した生物分布・環境要因の分析
    • 水中で確認された骨や土器などの遺物の調査・記録・保存

事前調査の実施(2025年11月)

本調査に先立ち、2025年11月に水中写真家の清水淳氏とともに、沖縄県や宮古島市への届出のうえで予備調査を実施しました。

これは潜水のための搬入経路の確保や環境の事前確認のためで、大げさなようでありますが効率的で安全な調査のために非常に重要なことだと考えています。

宮古島市役所
金志川泉の美しい水面

※ 金志川泉の美しい水面。

友利のあま井の洞窟の内部と水面

※ 友利のあま井の洞窟の内部と水面

当日は調査に興味を持たれたNHKの方とも同行し、悪天候の中ではありましたが、調査地の確認と動線の検討を行いました。

金志川泉の水面の美しさは特筆すべきもので、今すぐにも潜りたいと感じさせるものでした。

もちろん重要なのはその美しさだけではなく、陸上にも土器が確認されており、水中には土器に加えて人骨とおぼしき骨も発見されていますから、学術的な側面からも非常に価値のある洞窟です。

金志川泉の水面は干満に応じて上下しており、事前の情報通り泉の中で海と接続していることをうかがわせるものでした。

友利のあま井では内陸部に所在するにもかかわらず海洋生物の幼生が藤田氏により発見されています。
海洋生物の幼生が見つかるということは、こちらも水中で海と接続していることを強く示唆するもので、この場所でのさらなる生物の研究は、このようなアンキアライン環境に生息する生物の生息範囲の拡散の解明に寄与するものです。
また、友利のあま井の洞内には水を汲むために設置された階段が、かつてこの水が生活用水として活用されていたことを想起させるものでした。

なお、今回の調査地について、宮古島市教育委員会の方から情報の提供をいただきました。ここに記してお礼を申し上げます。

水中探検家伊左治佳孝と水中写真家清水淳

※ NHK沖縄 2025年11月13日の放送より。

NHKからの、探検家伊左治佳孝への宮古島洞窟内での取材風景

関連の報道(2025年11月の事前調査について)

調査の実施(2026年3月4日~9日)

2025年11月の事前調査を経て、2026年3月4日には潜水を担当する林田敦氏、内田雄大氏および私、そして研究面から加わっていただいている藤田喜久教授(沖縄県立芸術大学)と、考古学が専門の具志堅清大氏(沖縄県教育委員会)が宮古島で合流し、沖縄県および宮古島市の許可を得て、金志川泉・ピキャズ・友利のあま井の3か所で潜水調査を実施しました。

調査の前日には、全員で研究手法の打ち合わせと器材の準備を行い、翌日からの調査に備えました。

なお、金志川泉は5日と8日、ピキャズと友利のあま井は7日に潜水しています。

今回の調査参加者全員にて

※ 今回の調査参加者全員にて

金志川泉の水中

※ 金志川泉の水中

宮古式土器と思われる遺物

※ 宮古式土器と思われる遺物

金志川泉の調査

11月に水面を見て「今すぐにも潜りたい」と書いた金志川泉に、3月5日からようやく潜水しました。
水に入って舐めてみると、思ったより塩分が強く、海との接続を感じさせます。
水は澄んでいて10〜12m先まで見通せる透明度で、シルトの堆積はそれほど多くありません。

主通路の水深は5m以内で、最も深い場所でも10mほどです。細い通路まで含めて洞窟の全体にラインを敷きながら奥へ進んでいくと、ライトの届く範囲に骨と土器が現れ続けました。

人骨と思われる骨と土器が、入口付近から通路の奥まで、書ききれないほどの量で散らばっています。
土器は具志堅氏に確認していただいたところ、宮古式土器であるという所見が得られました。そのほかにも、装飾品と思われるものなどが水中では観察できました。

骨や土器が通路の奥にまで散らばっているのはなぜか。
宮古には洞窟に死者を葬る風葬の文化があったことが知られており、洞窟内に骨があり、そばに土器が置かれていることそのものは珍しくありません。

では金志川泉はかつて風葬墓だったのかというと、それにしては不自然な点が二つあります。
第一に、そもそも水中に骨があることです。墓地が水没すること自体はままありますが、それは何らかの要因で水位が上がった場合です。
宮古式土器は中世から近世(13〜18世紀頃)にかけて作られたもので、その後に急速に水位が上がった可能性は高くありません。

第二に、通路の奥まで、さらに側道の奥まで骨が散らばっていることです。風葬であれば、あまり洞窟の全域に散らばっている所見はありません。

では、どうやってここまで来たのか。考えられるのは二つあります。誰かが直接納めたか、中に流されたか。

洞内で確認された、骨のようなもの

※ 洞内で確認された、骨のようなもの

エアドームでタンクを外し、陸上に上がる

※ エアドームでタンクを外し、陸上に上がる

まず前者を確かめました。通路の途中で外につながる別の洞口があれば、そこから奥に直接納められた可能性が高くなります。
手がかりはありました。洞窟の水中には、エアドームとなって陸地に上がれる場所があり、その陸地にも骨が確認できます。さらに昆虫が観察され、大型の昆虫がいることは外との接続を強く示唆します。
8日に林田氏がタンクを外して陸地に上がり確かめましたが、少なくとも現在は人が通過できる大きさの通路はありませんでした。直接納めた、という答えは遠のきました。

水中の主通路の奥は、崩落して塞がっているようでした。崩落の間を縫って可能な限りに先へ進みましたが、最後には人が通過できる大きさではなくなっていました。
崩落の先にも空間は続いていると考えられますが、いまそこへ行く道はありません。このほか、水深が10メートルほどに深くなる濁りやすい側道と、横に抜ける細い側道の2本を確認しました。
深い方の側道の奥にも土器や骨が観察されましたが、万が一、この側道部分が過去に水没していなかったとしても、この側道部にまで骨を納めにきたとは考えにくいという印象を持っています。

今回敷設したラインの総延長は側道を含めておよそ120mですが、これはライン長からの概算で、測量による値ではありません。

なお、金志川泉には過去にも何度か潜水が行われており、我々が最初の潜水ではありません。ただし、水中部の学術調査は、今回同行した藤田氏によるもの以外は過去に報告されていません。

別の入口はなく、直接納めたとは考えにくい。残るのは、流されたという可能性です。

金志川泉は地下河川のような強い流れのある地下水ではなく、ほぼ動かない水です。
潜水中も流れはほとんど感じず、日常的な水の動きは海の干満に応じたわずかなものにとどまります。
そのような環境で、遺物が奥へ運ばれたのだとすれば、それは日常ではなく、何か特別な出来事があったはずです。

同行した具志堅氏からは、1771年の明和の大津波によって洞口付近にあった遺物が奥へ流された可能性、さらに洞窟の外の墓地から流れ込んだ可能性もありうる、という可能性を挙げていただきました。
もしそうなら、この洞窟は墓であると同時に、津波の記録でもあることになります。ただし、いずれも可能性であり、我々がさらに情報を集めることで、専門の方に明らかにしていただきたいと考えています。

水中から情報を持ち帰り、研究者の方々が判断できる材料として渡すこと。今回の記録はその最初の一揃いになります。

金志川泉の水質と環境

舌で感じた塩分の強さは、数字にもそのまま表れていました。
3月8日の11時40分を起点として、水面から水深10mまでの8地点で採水したところ、塩分は水面で7.62 PPT、水深1mで9.06、3mで11.61、7.5mで14.10、10mで15.46 PPT。どこかに境目があるのではなく、深くなるにつれて連続的に濃くなっていくもので、積層されているような所見は得られませんでした。これは肉眼での観察にも一致します。潜水中に流れは感じず、pHは7.08〜7.24、水温は23〜24℃でした。

水中にアンキアライン洞窟に生息する小型の甲殻類は一定数観察されましたが、とても多いというほどではありませんでした。

これは3月のある一日の観察で、雨の後や季節による違い、干満による影響などにより、測定時期で差異が出ると思われます。

今回の計測データの一部

※ 今回の計測データの一部

ピキャズの水面

※ ピキャズの水面

水の流れに沿い、洞窟の中へ進んでいく

※ 水の流れに沿い、洞窟の中へ進んでいく

ピキャズの調査

ピキャズは海の中にある陥没ドリーネ状の地形で、浜から水中スクーターで泳ぎ、海側から回り込んで調査を試みました。

当初の計画では、奥からの水流と海水が混ざる地点で生物を重点的に調べるつもりでいましたが、潜水してみると、水は奥に向かって強く吸い込まれており、海の要素が強いため、いわゆるアンキアライン環境ではありませんでした。

林田氏に先頭を任せて潜水を開始すると、2016年の佐世保高専の眞部広紀氏らの報告で到達点とされていた、水深11mの地点に到達しました。さらに先に進めそうではありましたが、そこからは通路が細くなる影響で、さらに吸い込む流れが強くなっています。

全員で同時に奥へ入っていくと、誰かが詰まると戻れなくなるリスクがあるため、内田氏と林田氏に一旦待ってもらい、私が奥がさらに続いているかを確認してくることとしました。

細い通路で、その先に体を回転させる隙間があるか分からない状態で頭から入ることは非常に危険です。
足を下にしてゆっくりと隙間に体をねじ込んでいったところ、水深20m付近で、高さ20〜30cm、幅1mほどの、上下とも岩の隙間に大きな勢いで水が吸い込まれていることが確認できました。人が通過できる大きさではなく、ここが今回の到達点となりました。
2016年の報告では奥からの水流が記されていますが、今回の潜水では奥へ吸い込まれる流れでした。

人が通過できる範囲はここで閉じ、水はその先へ吸い込まれ続けています。洞内は完全に海の環境で、生物も周囲の海のものと同一で、これ以上今回の研究対象とするのは難しそうでした。

これはこの場所についての確定した記録の一つで、次に何かピキャズに問いを持つ人は、ここから先を考え始めることができます。
そういう意味で、我々の役目を果たせたのではないかと思います。

奥を確認中の伊左治を待つチームメイト<

※ 奥を確認中の伊左治を待つチームメイト

狭いリストリクションから出てくる伊左治

※ 狭いリストリクションから出てくる伊左治

陸上から見た友利のあま井の水面

※ 陸上から見た友利のあま井の水面

城辺町の友利のあま井の調査

友利のあま井の地底湖は、縦穴の底にある井戸で、陸から見る限りでは泉の奥が続いていて潜水できるかは定かではありませんでした。

7日の調査当日に、同行した林田氏が素潜りで泉の奥を確認したところ、泉の先に洞窟が続いていることが確認され、潜水することとしました。

沖縄県と宮古島市の両教育委員会に情報が残る範囲では、潜水を伴う現状変更の許可はこれが初めてとうかがっており、水中には我々の敷いたラインのほかに過去に潜水した痕跡はなく、今回が友利のあま井への初潜水と言ってもよいと思われます。

泉の奥から水深3mほどまで斜めに深くなり、そこから先は底が水平になります。
底にはシルトが堆積していて、地面が水平というより、シルトが堆積した結果として水平になっているとみるべき様子でした。

左の壁に沿って15mほど進むと横幅10mほどのホールがあり、立派な鍾乳石も見られました。すばらしい水中洞窟です。

そこからまっすぐ15mほどで行き止まりになっていますが、この行き止まりの確認は林田氏の報告によるもので、私は3人の最後尾で濁りのため手前で待機していました。
私の感触では、報告通りその先で大きくは伸びないとみていますが、次回再度確かめようとおもいます。

友利のあま井の水中

※ 友利のあま井の水中

友利のあま井の底面。甲殻類の姿も見える。

※ 友利のあま井の底面。甲殻類の姿も見える。

この洞窟は非常に濁りやすいものでした。

底にシルトが厚く堆積していることに加えて、パーコレーション(呼吸の泡で、天井から付着物が舞い落ちること)が激しく、同じ場所にとどまるとあっというまに視界がなくなります。
当然、帰路の視界はゼロです。

濁っていないときも透明度は5mほどとあまりよくなく、そのため左壁面沿いしか確かめられていません。右壁面沿いの調査は次回の課題です。
一方で生物は、アンキアライン環境に生息する甲殻類を非常に多く観察できました。
これは、友利のあま井が縦穴であることから、水への有機物の流入が多いこと、すなわち餌が多いことを示唆します。

水の測定は実施していませんが、金志川泉より淡水が強い印象であり、アンキアライン環境ではあるものの海との接続は弱いと思われます。
次回に時間が許せば、海の干満に伴う水位の変化も観察してみたいと思います。

2026年3月調査の総括

今回の調査では滞りなく3地点への潜水を完了し、同じ島の中の異なる洞窟環境を把握することができました。

金志川泉と友利のあま井では、今後我々が行うべきタスクも見えています。
特に友利のあま井は、現状で我々以外は潜水していないと思われるため、水中の情報がどこにもなく、優先して基礎情報を集めて教育委員会などに報告していきたいと考えています。

また、宮古島や隣接する島にはほかにも多くの洞窟があり、潜水可能な地底湖があると思われる場所もあります。
今後さらに活動範囲を広げて調査に取り組んでいきたいと思います。

Members for This Project(A→Z)

※ 所属は掲載時から更新されていない場合があります。

Cave Exploration & Documentation

  • Atsushi HAYASHIDA(林田 敦:パイオニアケイビングクラブ/日本洞窟学会)
  • Yoshitaka ISAJI(伊左治 佳孝:DIVE Explorers/日本洞窟学会)
  • Yudai UCHIDA(内田 雄大)

Research

  • Seita GUSHIKEN(具志堅 清大:沖縄県教育委員会)
  • Yoshihisa FUJITA(藤田 喜久:沖縄県立芸術大学)

Organize

  • Yoshitaka ISAJI(伊左治 佳孝:DIVE Explorers)

参考文献

  • 中森亨. 「琉球列島 宮古群島の地質」 東北大学地質古生物研邦報(84). 1982, p.23-39
  • 木崎甲子郎. 「琉球弧の地質誌」 沖縄タイムス社刊, 1985.
  • 石嶺篤浩, 松田安助, 與那原信夫. 「宮古島地方に分布する大野越粘土について」 全地連「技術フォーラム2010」那覇(47). 2010
  • 安谷屋昭. 「宮古島南東部・保良地域の地下水流域界とカルスト地下湧水群について ―太陽泉・石灰華段丘と檳椰込洞などを中心に―」 宮古島市総合博物館紀要(21). 2017, p.71-90
  • 安谷屋昭. 「宮古諸島の石灰岩台地とジオパークの可能性」 宮古島市総合博物館紀要(15). 2011, p.24-46
  • 眞部広紀, 長嶋豊, 浦田健作, 山本祐二, 近藤正義, 岡本渉. 「宮古諸島下地島の西沿岸域におけるアンキアライン陥没ドリーネ群の予備調査」 佐世保工業高等専門学校研究報告(53). 2016, p.5-13