この投稿を見にこられた人は、他の方の書いた中性浮力の記事は見たという人がほとんどだろう。
なので、ここでは他ではあまり書かれていないようなことを主に綴っていこうと思う。
(見ていない人は検索して読んでみてください。)
ただしここではオープンサーキットのことについて述べている(リブリーザーでの場合については言及していない)ものと思っていただきたい。
また、水中でのトリム(≒姿勢)の詳細については別の投稿で書いているのでそちらを参考にしていただければ幸いだ。
- 中性浮力とは?どのような状態か?
- 適正ウェイトの考え方
- タンクのガスを使用することによる浮力の変化
- 適正ウェイトに影響を及ぼす他の要素
- 思った通りのウェイト量になっているか?
- 呼吸での浮力の調整
- 呼吸でどれぐらい浮力が変化するか
- 中性浮力が取れない原因
- トリムが取れていない
- ウェイトが多すぎる
- まとめ
中性浮力とは?どのような状態か?
ご存じの通り、“中性浮力である”とは水中で浮きも沈みもしない状態のことを言っている。
もちろんこれは間違っていないが、もう一つ前提条件を付け加える必要がある。
中性浮力とは、「体を全く動かさない状態で」水中で浮きも沈みもしないことを言う。
例えば体を起こした姿勢で、“フィンを動かしながら”同じ深度にいるのは中性浮力の状態だろうか。これは、フィンの推進力で上に泳いでいるからその深度から浮きも沈みもしていないのであって、実際にはマイナス浮力である。
実際、DIVE Explorersの講習で、フィンの動きを完全に止めてもらうと沈んでいく(=マイナス浮力である)ことがほとんどである。
これは別にけなしているわけではなく、よく考えると普段のダイビングで「完全に止まる」訓練をしたことがあるレクリエーショナルダイバーはほとんどいないわけで、中性浮力が取れていないのは当たり前なのだ。
さて、沈んで行くのならマイナス浮力なのだから、もちろんBCD(やドライスーツ)にガスを追加するわけだが、これも実際にやってみると普段の感覚よりかなり多くのガスを入れる場合が多く、受講生の方にはよく驚かれる。
中性浮力の状態では“息を吸い込めば浮いていく(=プラス浮力になる)”、“息を吐けば沈んでいく(=マイナス浮力になる)”わけだが、息を吸い込めば浮いていくという状況は怖いのか、無意識に、息を吸い込んでも浮かないぐらいに調整することに慣れている方が多い。
講習ではこの辺りの矯正から入ることが多いが、この投稿を見て自分が中性浮力が取れているか気になった方は、次回のダイビングで息を少しだけ吸った状態でフィンの動きを止めてみる(足をクロスして動かせないようにするとよい)と面白いかもしれない。
適正ウェイトの考え方
次は、中性浮力と切っても切れない適正ウェイトの考え方だ。
適正ウェイトとは、“その瞬間にウェイト量がちょうどよい”だけではなく、
1.ダイビングを開始してすぐに一番深いところまで潜ったときでも、
2.ガスを使い切った後にダイビングのエキジット寸前の水深が浅い(1mなど)ところでも、
問題なく中性浮力が取れるウェイト量のことである。
従って適正ウェイトを考えるには、ダイビング中の浮力や重さの変化を考慮しなければならない。
それでは浮力や重さの変化を生み出す原因を一つずつ考えていってみよう。
タンクのガスを使用することによる浮力の変化
“ダイビングの終わりごろには、タンクの中のガスを使用したぶん、ダイビング開始時よりタンクが軽くなる”。
これはご存じだろう。
では、「具体的にどの程度軽くなるのか」、「その影響はどの程度なのか」説明できるだろうか?
少し話がそれるが、テクニカルダイビングでは、“何となく理解した気になっている”領域は可能な限りなくしていくべきだと思っている。
そのような言語化できていない領域は、工夫してさらに改善することができず、また、普段と装備や環境が変わった際に対応することができないためだ。
具体的に、ダイビングの開始時点と終了時で、どの程度重量が変化するのかを考えてみよう。
ここでは、12リットルのスチールタンクで200barから40barまで使用するとしてみる。
タンク内のガスが空気だとすると、空気の密度は温度が20度のとき1.166g/Lである(ちなみに、乾燥空気の場合は1.205g/Lだ。)。すなわち、1リットルで1.166グラムである。
タンクの圧力変化は200 – 40 = 160barだから、使用したガス量は12L × 160bar = 1920リットルだ。
そうすると、体積と密度をかけて、使用したガス(=水中に捨てたガス)の重さは1920 × 1.166 = 2187.66グラム。
すなわち、ダイビングの開始時と終了時でおよそ2.2㎏の重量の変化(2.2㎏分のプラス浮力)が生まれることになる。
従って、タンクのガスの使用を踏まえると、ダイビング開始時は、水面で中性浮力の状態から2.2㎏オーバーウェイトでダイビングを開始しなければならないことになる。
これはタンクの容量が同じであればスチールタンクでもアルミタンクでも変わらない。
「アルミタンクでは、スチールタンクよりダイビング後半に浮力が大きくなる」と習ったことがあるかもしれない。これは誤りで、アルミタンクは元々が水中で軽いだけで、ダイビングを通しての浮力の変化量はスチールでもアルミでも一緒である。
また、よく考えると浮力が変化しているわけではなく(タンクの体積は一定だから浮力も一定だ)、重さが変化しているから浮力が変化しているように見えるのだ。
また、テクニカルダイビングでタンクの本数が増えるようなときは、さらにどんどんオーバーウェイトでダイビングを開始することになる。
テクニカルダイビングでタンクが多いようなときの適正ウェイトについてはまた別で書こうかなと思う。
適正ウェイトに影響を及ぼす他の要素
タンク内のガス以外に、ダイビング中に重量や浮力が変化するような要素はあるだろうか?
細かな要素は多数あるが、最も考慮しなければならないのはウェットスーツ/ドライスーツの水圧による浮力の変化だ。
仮に5㎜のウェットスーツだとすると、水面ではおよそ6㎏程度の浮力がある。
これが水中の深いところに行くと水圧でつぶされて体積が小さくなり、例えば水深40mでは2㎏程度の浮力しかなくなってしまう。
※ウェットスーツや、その使用度合いにもよる。
したがって水深40mまでのダイビングにおける浮力変化は6㎏ – 2kg = 4kg。最後に浅いところまで浮上してきてウェットスーツの浮力が大きい状態でも停止できるようにウェイトが必要だから、ウェットスーツの浮力変化のことを考えると4㎏多めにウェイトを持っていく必要があることになる。
従って、タンクのガスを使用することによる浮力の変化と合わせると、ダイビングを開始した直後で一番深いところまで潜った場合では、ダイビング開始直後に水面で中性浮力のウェイト量より、6~7kg多めにウェイトを持っていく必要があるだということになる。
さらにフードやグローブなど・・・ウェットスーツと同じネオプレーン生地のものの浮力変化を考えるともっとウェイトが必要かもしれない。
思った通りのウェイト量になっているか?
さて、ここで分かった気になっていないだろうか?
あなたは、本当に6~7㎏オーバーウェイトにできるだろうか?
もっと解像度を上げて理解してみよう。
ここでは、どの程度BCDにガスが入っていれば6~7kgオーバーウェイトなのかを考えてみる。
1㎏オーバーウェイトの場合、1㎏分の力を生み出すのに必要な量のガスがBCDの中に入っていることになる。
水の密度はおよそ1グラム/㎤だから、1㎏の浮力を生み出すためには、およそ1リットルのガスがBCDの中に必要ということになる。
すなわち7㎏オーバーウェイトということは7リットルのガスがBCDの中に入っているということになる。
1リットル(又は2リットル)の体積は、ペットボトルの大きさを考えると理解しやすいだろう。
水中でBCDを自分で触るかバディにチェックしてもらうかなどして、どれぐらいのガスがBCDの中に入っているか確認してみると適正な量のウェイトを持ち込んでいるかチェックすることができる。
呼吸での浮力の調整
中性浮力を語るときに、呼吸での浮力調整という話もよく出てくる。
ここでも少し触れておこう。
ご存じだとは思うが、息を吐くと浮力が小さくなって沈み、息を吸い込むと浮力が大きくなって浮いていく。
テクニカルダイバーとしてもう少し正確に表現してみよう。
息を吐くと、肺の中のガスが外に出ていくことで肺の体積が小さくなる。
それにともなって体の体積も小さくなり、その分の浮力が減るために沈んで行くことになる。
息を吸い込む場合はその逆だ。
呼吸でどれぐらい浮力が変化するか
ここで成人の平均的な一回換気量は500mlである。すなわち、ダイビング中は普通に呼吸をしていても500グラム分は浮力が変化していることになる。
※一回換気量:一回の呼吸で肺を出入りするガスの量
さらにここから、
普通に息を吸いこんだ状態からさらに思いっきり吸い込むと、1500ml=1.5㎏分の浮力が得られ(吸気予備量)、
普通に息を吐いた状態からさらに吐き切ると1000ml = 1kg分の浮力が失われる(呼気予備量)。
呼吸だけで、普通の状態から±1㎏以上の調整ができるわけだから、呼吸による浮力の影響を考えるのは重要だということが分かる。
じゃあ呼吸で浮力をコントロール・・・となるが、まずテクニカルダイビングトレーニングの初期段階では、そもそも、自分は今肺にガスが入っているのか空っぽなのかを認識するところからだ。
人間は緊張すると、“息を吸い込み”、“息を吐かずにこらえる”、性質がある。
すなわち、無意識のうちに肺に空気をためている可能性がある。慣れない中性浮力を取ろうとしてジタバタしているときなどなおさらである。
自分の中性浮力をチェックする際には、自分は今息を吐いた状態なのか、吸った状態なのか、肺の中にどれぐらいのガスが入っているのか、それを意識しながらやってみるようにしよう。
その後に、浮きたいときには(上向きに泳ぐのではなく)息を大きく吸い込んで浮いてくるまで待つ、、沈みたいときには息を吐き切って沈んでくるのを待つ、ということに取り組んでみるとよいだろう。
オープンウォーターコースなどで、「呼吸を止めないように」ということを教わったかもしれない。
この指導は、息を吸い込んで&息を止めた状態で急浮上する(=肺が膨らみすぎる)ことが怖いからであって、浮力をコントロールできている状態で呼吸を数秒間止めることに危険性は無い。
中性浮力が取れない原因
中性浮力が取れない原因は一つではないことが多い。
各要素を分解していけば絶対に原因は特定できると思っているが、どうしても直接見ないとわからないことも多い。
しかしここでは、よくある原因を少し考えてみよう。
トリムが取れていない
体の前後(頭側と足先側)で浮力がズレていて、水平の姿勢で止まっていると、足が沈んでいったり、逆に頭が沈んで行ったりするような場合だ。
この事象そのものは中性浮力が取れていない状態ではないが、姿勢維持のために手足を動かしたりしなければならなくなるため、結果として深度維持ができず中性浮力が取れなくなることが多い。
このような場合には、まずウェイトの配置を見直し、体のどの位置にウェイトを置くのかを考え直すと姿勢とともに中性浮力も改善することが多い。
ウェイトが多すぎる
ウェイトが多すぎても(重すぎても)、BCDやドライスーツに入れるガスを多くすればもちろん中性浮力は取れるわけだが、中性浮力を取るのが難しくなる。
多くのガスをBCD(やドライスーツ)に入れると具体的にどの程度難しくなるのか考えてみよう。
例えば3気圧(水深20m)の地点から2気圧(水深10m)の地点に移動したとする。
BCDに5Lのガスが入っている場合と、10Lのガスが入っている場合(=前者よりも5㎏オーバーウェイト)で比較してみよう。
※BCD内のガス以外の影響は無視する。
水深20m(=3気圧)で5Lのガスは、水深10m(=1.5気圧)では7.5Lになる。
一方で、水深20mで10Lのガスは、水深10mでは15Lになる。
すなわち、前者では2.5㎏の浮力変化、後者では5kgの浮力変化となり、同じだけ深度が変わった場合でもより大きな浮力変化が生まれている。
従って、浮いていかないためには少しの深度変化でもこまめなBCDの操作が必要になる。
また、呼吸で調整できる浮力量はオーバーウェイトでも変わらないから、呼吸の調整によって吸収できる深度変化の量も小さくなってしまうことが分かる。
例えば呼吸で2.5㎏調整できるとすると、前者では水深20m~10mまでの変化を呼吸の調整で吸収できることになるが、後者では水深20m~14mまでの変化しか吸収できないことになる。
まとめ
中性浮力が上手くなるためには、
1.ダイビング慣れ
2.中性浮力のスキルアップ
が必要だ。
どちらか一方では足りない。
ダイビング慣れによって呼吸のリズムや大きさが自然になったり、慌てずにBCDを操作できるようになるだろうが、それだけでは中性浮力が取れるようにはならない。
私は、“ダイビングに慣れたら中性浮力も取れるようになるよ!”というのは誤っていると思う。
逆に、「中性浮力」に集中して練習することで、経験本数は少なくとも中性浮力がきちんととれるダイバーになれると考えている。
トレーニングしていきましょう。